★未来と現代のギャップを狙いました


ぴょんぴょん版『ドラミちゃん』・決定版・ドラえもん大辞典


いそほゆうすけ先生 
ISOHO YOUSUKE

プロフィール:1954 年、兵庫県生まれ。本名、山川輝幸。ペンネームは高校時代好きだったイソップ物語から。 78 〜 90 年まで藤子スタジオに在籍。 81 年頃、少年画報社「少年ポピー」誌でデビュー、 81 年『おれのリナちゃん』で第 2 回藤子不二雄賞佳作受賞、小学館「コロコロコミック」に掲載される。 86 年より 『ポッポロ』 を「毎日こどもしんぶん」で 9 年間の長期連載。 89 年「幼稚園」版『チンプイ』、 90 年より「ぴょんぴょん」版『ドラミちゃん』、 91 年より幼年版『プリンスデモキン』を学研「トップラーン」誌で 7 年間連載する。『かんぽアラカルト』『忍者ハットリくんのいきいき富山ワンダフル探検!』なども手掛ける。取材当時の最新の仕事は、『決定版・ドラえもん完全大事典』。

藤子スタジオ入社の経緯

― 藤子スタジオ入社までの経緯をお話くださいますか。

履歴書を送って、両先生の面接を経て、24歳の時、上京して就職しました。アシスタントが一人辞める予定があり時期も良かったんです。
漫画家を志望したことは家族だけでなく親戚縁者の皆に猛反対されました。親戚も固まった場所に住んでまして大変でした。しかし藤子スタジオに就職が決まったら、手のひらを返すように応援してくれましたね(笑)。


入社当時の藤子スタジオの仕事の様子はどうでしたか。

最初はまだ席が空いてなくて、僕一人のために上の階に部屋を用意してくれてそこで仕事してました。午後6時になると女性陣が退社するので降りて仕事しました。その後10時まで仕事して。1週間に1回か2回は徹夜でした。当時の安孫子先生は『少年時代』と『まんが道』と週刊を2本もっておられまして。新人はどっちの仕上げもやりますから。そこにさらに月に1回、藤本先生の『T・Pぼん』がおすと午前2時になりましたね。1週間泊まったり、午前5時に仕事が終わり、6時に寝て新人は9時30分に仕事場の掃除しなきゃならないから9時に起きたりしましたが楽しかったですね。全然辛くなかったです。

藤子賞を受賞された『おれのリナちゃん』のお話をいただけますか。

デビュー作は藤子スタジオに入社した直後に描いた少年画報社の「少年ポピー」という雑誌に掲載された『とびだせ!ヤスベエ』(81年頃)という作品です。
藤子スタジオにいたものだから、学校の絵もドラえもんと同じでしょ。トーンも同じ物を使ってるしどうしても似てしまって。
『おれのリナちゃん』は平山さん(後のコロコロ編集長)との共同作業でした。僕の考えた話では女の子が主役ではなく最後のコマにいるウサギが主人公でした。女の子を宇宙人にしようと言われまして。さすがに『うる星やつら』にしろとは言われませんでしたが(笑)。藤本先生にはもっと冒険しなさいと言われました。

ポッポロ』 について

『ポッポロ』ついてお聞かせください。色がとても綺麗ですね。


ポッポロ自体はウサギの妖怪みたいな感じで森の中の動物の話でした。ですが、ドラえもんみたいに魔法を出したり道具を出したり、そういうパターンの話になってしまいましたね。途中からポッポロが妖精のリンちゃんと旅に出る話になるんです。最初は一年契約だったのですが、延長につぐ延長で約9年描きました。やはり7〜8年も続けると、ネタやアイデアを考えるのが一番大変でしたね。
この作品を描くことは好きでした。ペン入れして色も自分で塗ってました。色塗る時は1日かけて24時間から30時間ぶっ通しでやりました。

 

ドラミちゃん』について

設定は何処までいそほさんがお考えになったんですか。

実は大体が編集サイドです。のび太の代わりにジャイ子を持ってくるとか。


のび太が静香と結婚した代わりにジャイ子が不幸になったからドラミが来たという設定は?

それは僕です。ですが、こういうキャラがいてとか、ジャイ子がリボンをマイクの代わりにするとかは編集サイドです。『ドラミちゃん』は編集が非常に力を入れていまして。


ジャイ子が恋するひかるくんは。

ヒントは茂手もて夫くんですが、彼だとあまりにヒーローには成り得ないという事で、名前は当時人気のあった光GENJIかな?

ドラミちゃんが優等生的でオチャメな性格なのはいそほさんの味付けですか。


それも編集サイドからです。帰国子女の設定でと最初に言われました。それは、未来の国の住人が現代の常識と食い違う、そのおかしさを出そうということでした。


編集サイドから全体的な基本路線などの指示は有りましたか。

必ず編集サイドが言うのは、そのままジャイ子が望むものがスッと出るのでは無く、必ずちょっとポカやるドラミというのをパターン化してくれと言われました。


ドラミちゃんは描き易かったですか。

いいえ、藤本先生のドラミちゃんも本編であまり登場していないから難しかったです。最初のカットを描く時でも、ドラミちゃんは丸いから、ほっぺたを膨らませないで欲しいと言われました。あまり丸くすると可愛くならないし困りましたね。とにかく描く時は藤本先生のドラミちゃんを参考にします。一人で勝手に描くと自分の線が出てしまうので。これでも大分自分のカラーが出ているけど、なるべく出さないように努めました。私が基本にするのは、『魔界大冒険』のドラミちゃんで、あれが個人的にも一番好きです。

決定版ドラえもん大事典

98年の三谷幸広先生の『最新ドラえもんひみつ百科』とあまり間が開いてないのですが、

  どういった経緯で出版されることになったのですか?


ビッグコロタンの『ドラえもん道具完全大事典』がたいへん売れていたので同じ様な事典ものを出そうということで企画されたみたいです。あとは、編集の方がインターネットなどを見ていてドラえもんの基本事項がわかりにくくなっているというので、それに対応するものを作ろうというものでした。漫画形式というのもわかりやすさからではないでしょうか。『最新ドラえもんひみつ百科』とは漫画図書と児童図書で区分が違いますから関係なく出されていますね。担当の編集者は銅鑼屋さんで『ドラえもん』の百科物はすべてこの方になりますから同じなんですが…。この方は、小学館のドラえもん関連の本をずっとやっている方で、『ドラえもん』のてんとう虫コミックス全巻が頭に入っているというスゴイ方です。


特に苦労された点はどういったところですか?

苦労したのは藤本先生が使われた道具を出すのが基本線になってしまった事です。今までの僕のドラえもんの描き方は、話がまず出来て、それに見合う道具が何かって僕の方で作ってやってたんですよ。今回もそのパターンで行こうと思っていたら、とにかくドラえもん事典の決定版にしたいと言う編集の銅鑼屋さんの意向でそれならば今まで出てきた道具で話にしてしまおうと言う暗黙の了解みたいなものがあって。話は考えてもそれに合う道具を探さなきゃならないじゃないですか。1巻から45巻までずーっと調べても合う道具が無くて話を没にする事が何回も在りました。大体、藤本先生が考えられる道具と言うのは、その話に合った道具ですから。その道具に合ったオチや話もそれが最適なわけですよ。その道具を使って別の話を作るなんて邪道以外の何物でもないわけです。それが大変でした。


設定面などでの御苦労は?

ドラミのオイルには頭を抱えました。オイルが違って優秀になるものなのか。そもそもオイルで兄妹になるのか。潤滑油みたいなものでしょ。そういう所を考えてしまうと理屈が付けられない。ですから文章でフォローしてもらってごまかしてます。(笑)


本日は貴重なお話ありがとうございました。

2001.9.23

田無にて

取材:高橋英樹・てふてふ


いそほゆうすけ先生の主な作品

●デビュー作『とびだせ!ヤスベエ』読切
少年画報社「少年ポピー」 1981 年夏?掲載

●藤子賞受賞作『おれのリナちゃん』読切
小学館「コロコロコミック」 1981 年 10 月号掲載

●受賞第 2 作『ミラクルミラーくん』読切
小学館「コロコロコミック」 1981 年 12 月号掲載

●『ピンクルちゃん』読切
毎日新聞社「毎日こどもしんぶん」 1985 年 6 月 1 日号掲載 読切・オールカラー  「代打だったのですが、好評で翌年の『ポッポロ』の依頼が来たようです。」

『ポッポロ』 連載
毎日新聞社「毎日こどもしんぶん」  1986 年 1 月 1 日号〜 95 年 3 月 18 日号 全 241 話・オールカラー 同誌は週一で発行され、本作は他の漫画と交互に隔週掲載された。「毎日こどもしんぶん」は、「毎日小学生新聞」の幼年版で、藤本先生の『 U ボー』の連載されていたところで、藤子スタジオのメンバーでは他に、さとうかずひろさん、さいとうはるおさん、田中道明さんも描かれていた。

●幼稚園版『チンプイ』連載
1989 年 12 月〜 91 年 3 月号 小学館『幼稚園』連載 全 16 話

●ぴょんぴょん版『ドラミちゃん』連載
1990 年 7 月〜 91 年 6 月号 小学館『ぴょんぴょん』連載

●幼年版『プリンスデモキン』連載
1991 年 8 月〜 98 年 3 月号 学習研究社『トップラーン』連載(最後の 99 年度一年間は再録)

●「かんぽアラカルト」イラスト
1995 年 逓信 PR センター発行。オールカラー 36P  本編には左江内氏など、マイナーキャラものイラスト多数。 「これはお役所相手の仕事で、例えば女性差別になるということで、女性がエプロンをしたり、子供をだくのは駄目と言われました。そういうところにとても気を使っていましたね。」

●『忍者ハットリくんのいきいき富山ワンダフル探検!』
1991 年、 B5 、 60P 300 円 表紙および巻頭カラー、本文 2 色 表 2 に安孫子先生のメッセージもあり。全編漫画による冊子形式の観光案内です。全60頁という本格的なもの。ハットリくんのいとこの女の子ヒロミちゃんがケン一くんたちを富山県の名所を案内する。 「これはとても評判がいいらしくて、何度もちょくちょく改訂しています。」

この冊子は入手可です。ご希望の方はこちらに問い合わせください。
富山県企画部広報課 TEL:076-444-3134
富山県のホームページ

小学館入門百科シリーズ「ドラえもん ひみつ道具使い方事典」 (全 3 巻)
1990 年  1 つの道具について2頁割いてまんがで紹介するコロタン文庫の道具百科シリーズとは独立の道具事典シリーズ。たかや健二氏、さいとうはるお氏、三谷幸広氏らと主筆を担当されている。表紙は西田真基氏。

ドラえもんの算数おもしろ攻略 たしざん・ひきざん
大ヒット学習まんがシリーズの一冊。このシリーズの立ち上げの際に依頼され、いくつか担当されている。書名タイトルの左右ののび太としずかはいそほさんのものがずっと使用されているのはそのためと思われる。

ドラえもん宿題解決シリーズ2 ・宿題に役立つ60 分工作
ドラえもん宿題解決シリーズ4 ・宿題に役立つ1日工作
1996 年に 2 巻、 1997 年に 4 巻の 2 冊担当され、それぞれ中国版もでている。カラーページは元藤子スタジオの安岡(三恵子)さんが着色された。

ビッグコロタン「決定版・ドラえもん大辞典」
2001 年 6 月発行。ドラ編、のび太編とキャラクター別に、ドラえもんの謎 108 本の解説を読みやすいコミックで紹介。冒頭では映画『 2112 年 ドラえもん誕生』のダイジェスト漫画も掲載され、ドラえもんズおよびノラミャー子までフォローされた、まさに最新の決定版大辞典。ドラミちゃんの部屋はぴょんぴょん版「ドラミちゃん」で登場したデザインが使用されているのもミソ。