動きに声をつけるんです …… 熊倉
初めてのレギュラーでした …… 丸山



実写版『忍者ハットリくん+忍者怪獣ジッポウ』の声


熊倉一雄さん/丸山裕子さん 
KUMAKURA KAZUO / MARUYAMA HIROKO

くまくらかずお:昭和2年、東京生まれ。『ひょっこりひょうたん島』トラヒゲ、『パンダコパンダ』パパンダ、『ゲゲゲの鬼太郎』第1作の主題歌(キングレコード・ヒット賞)、『ヒッチコック劇場』ヒッチコック、『名探偵ポアロ』ポアロ、『ものしり博士』ケペル先生、『ネコジャラ市の11人』ガンバルニャン、NHK教育『バクさんのかばん』バクおじさん、ディズニー映画『美女と野獣』コグスワース(執事の時計)ほか多数、紫綬褒章(平成3年)、勲四等旭日小綬章受賞(平成10年)

まるやまひろこ:『ひみつのアッコちゃん』チカ子、『樫の木モック』モック、『パンダコパンダ 雨降りサーカス』パンちゃん、『新オバケのQ太郎』U子、『はじめ人間ギャートルズ』ゴン、『おじゃまんが山田くん』山田みのる、『キャプテン翼』石崎了、映画 『21エモン・宇宙へいらっしゃい!』オナベ、アニメ版『忍者ハットリくん』トゲ次郎、『となりのトトロ』カンタの母、東映特撮『ペットントン』ペットントン、 NHK 教育『続たけしくんハイ!』おばさん役、ほか多数

 

先頃 CS で放送された実写版『忍者ハットリくん+忍者怪獣ジッポウ』。実写版のハットリくんは、貫禄のあるとぼけた口調と絶妙なアドリブで、現代に迷い込んだ少年忍者がうまく表現された痛快なキャラクターでした。またジッポウも、格下ではなくハットリくんに口答えしたり、助けてもらったりするライバルで友達でという存在感のある愛らしいキャラクターでした。

■ラジオの時代から

―お二人が所属するテアトル・エコーはそもそも声優の事務所ではなく、演劇の劇団なんですよね。


熊倉 そうなんです。ボクは声優の仕事が始まる前のラジオしかない時代からこの世界で仕事をやっていたんです。そのうちテレビジョンが始まって、その後でこの劇団を作ったんです。
非常によく覚えているのが『ハットリくん』(第一作)が京都、同時期の NHK の人形劇『ひょっこりひょうたん島』が東京での制作だったので、東京と京都を行ったり来たりしたことです。初めのうちは、京都に一晩泊めさせてくれたんですけど、そのうち新幹線ができたら、一番列車で京都へ行って仕事して、夜8時くらいに東京に帰ってきて、そのまま NHK に行って、9時から『ひょうたん島』の声入れをして、解放されるのが夜の12時か12時半くらいという感じで、もう一日が実に長かったです(笑)。

■井上ひさしさんとは

『ハットリくん』の脚本を書かれた井上ひさしさんとは、『ひょうたん島』からのご親交ですか?


熊倉 いえ、もっと前のラジオの時代からですね。昭和37年の『もぐっちょ ちびっちょ こんにちは』( NHK ラジオ)というラジオ漫画で、ネズミの国の話なんですが、僕が「もぐっちょ」という小説家で、「ちびっちょ」という新聞記者が黒柳徹子さん、ナレーターが藤村有弘さん(オリジナル版『ひょうたん島』のドンガバチョ役)という三人が中心で、あと色々な人が出てきてというのを一年くらいやったかな。すごく面白かったんです。井上くんは、そのころから教養番組をやってても、なんでも必ず歌が入ってくる人で、その番組もやたら歌があって、三人ともやたら歌わされましたね(笑)。
 彼とはそれで知り合いましたが、彼のうちへ行って何かしたとかそういうのではなくて、ただ仕事が終わってちょっと話をして、エレベーターで一緒に降りるとかそのくらいでした。


ハットリくんの話が来たのも、その流れからなのでしょうか。


熊倉 そのころから長いつきあいになっていたから、そのせいじゃないでしょうか。でも私はね、ハットリくんは大変だった。最初どうして私なのと思った(笑)。まあ普通だったらね、ハットリくんは、少年忍者なんだからもっと若い子がやらなきゃいけない役ですよね。
 それにちゃんと台本はあるんだけど、ああいうお面のキャラクターだから、間をアドリブで埋めたりいろいろなことをしなければならなかったんです。アニメみたいに台本どおりキチンとしゃべっていくという感じではなくて。そういうことを想定して井上くんは、私をそこへ放り込んだんじゃないかと思うんですけどね(笑)。

 

 

■ジッポウ担当の経緯

丸山さんはジッポウはどんな経緯で担当されたんですか。

丸山 熊倉さんがお出になっているから、変な声が欲しいということで(笑)、当時のエコーの社長に変な声出してみろと言われて、それが多分オーディションだったんじゃないかと思います。


トーンを下げたタイプの声は、ジッポウの役作りが最初ですか?

丸山 そうです。エコーに入ってまだ2年くらいで、劇団の研究生だったころで、声の仕事は初めてだったと思います。ジッポウが最初のレギュラーのお仕事でした。『ひみつのアッコちゃん』より前ですものね。

 

■超豪華キャスト

ケムマキ役が杉良太郎さんだったという噂があるのですが、覚えてらっしゃるでしょうか。

熊倉 これは困りましたねえ。資料とかは残っていないんですか?

ええ、残ってないんです。熊倉さんもご存知ないですか…。

熊倉 やっぱり、むーちゃん(牟田悌三さん)だったのか(手元にあった NU 31号の実写『ハットリくん』特集のパパ役をご覧になって)。谷村昌彦さんもお亡くなりになっちゃたもんなあ。井上くんらしいなあ、花岡実太(鼻をかじった)っていう名前(谷村昌彦の役名。学校の先生)。


アフレコスタジオでは他の方と一緒だったんですよね。


熊倉 そうですね。だから牟田くんはいたなという記憶はあるんです。あと、あるとき、京都から帰ってきて、『ひょうたん島』のアフレコに入るときに、途中から新幹線の中で、どういう訳か久里千春さんと一緒に飲み始めちゃって、東京に着いたら結構できあがっていて、それでちゃんと間違えずにスタジオで『ひょっこりひょうたん島』をやってるんですけど、いつもと全然テンポが違う!今日は駄目!ということになって、一回録音が飛んじゃったことがあるんですよ。あのころだから許されたけど、いまならクビですね(笑)。なので、そのときどうして久里さんと一緒だったのか、長い間思い出せなかったんですけど、『ハットリくん』でご一緒していたんですね。やっと分かりました(笑)。

これは堺俊二さんですよね( NU 31号の「あらたま・げたよおばあさん」をさして)。この方(第18話「ジッポウの病気は特大でござる」のギャングの女ボス)は桜京美さんではないかな。もうだいぶ前にお亡くなりになりました。

丸山 へえ、すごいメンバー。

熊倉 脱線トリオの由利徹さんも出てらっしゃいますね。この方も大変有名な方です。

丸山 小林稔侍さんも出てたんですか。知らなかったわ。

熊倉 全然気づかなかったなあ。


このときは海賊の子分だったので、目立たなかったんだと思います。


丸山 そうなんですか。すごいなあもう。

熊倉 武智豊子さん(第7話・養鶏所経営者)もすごい有名な方です。浅草オペラのころからずっとスターでいらした方で、女エノケンと言われていた人ですね。声も通る方で。 すごいキャスティングですね。いま考えると。


丸山 あの松坂慶子さんもフジ夫くんのお姉ちゃん役で出ていたのよね。それからジッポウのフジ夫くん役の一哉くんとは、未だにお手紙のやりとりをしています。一度アニメーションでひょっこり一哉くんがやってきて、一哉くんじゃないって。それから年賀状をやりとりするようになって。しばらくお芝居やっていたんです。まだ20歳くらいのころですか。


ジッポウのお父さん役の市村俊幸さんは、覚えてらっしゃいますか?


熊倉 あ、覚えてますよ。ブーチャン(市村さんの愛称。市村さんは当時フランキー堺さんと名コンビでもあった)でしょ。ピアノの上手な方で、軽い芝居とかやられていて、結構自分で弾いて歌ってというステージをやられていましたね。今はもうないけど、日劇によく出られていましたね。


ジッポウのお母さん役の関千恵子さんついては覚えてらっしゃいますか。

丸山 関千恵子さんは映画女優の方だったと思います。


シナリオの波江志摩さんはご存知ですか?


熊倉 浪江志摩さんは、しばらくは年賀状のやりとりもしていたんですが、いつのころからかぱったりとやりとりが途絶えて。映画方面の方だったと思います。男性です。本名ではないでしょうね。他にも一緒に仕事をしたと思います。 TBS の『おはよう!チンパン』(S36〜39年)という番組で、チンパンジーに演技させて、無理矢理それに当てるというものです。一応、シナリオを作ってあったんですけど(笑)。


丸山 私もやったことあります。ご一緒したかどうか覚えはないんですが、面白かったです。

熊倉 それは2シリーズくらい続いたのかな。2シリーズ目で、多摩動物園に行って、正月におめでとうござますって言って、一緒にお酒を飲むというのがあったんですけど、こわいんですよね、何するかわからないから(笑)。


丸山 相手はチンパンジーですものね。

熊倉 なんとか落ち着いてやってくれればいいなって思ってやってました(笑)。


本日は貴重なお話ありがとうございました。


2011.09.18 

取材:秋山・てふてふ・稲見


●はみだし情報●

●『もぐっちょ ちびっちょ こんにちは』のソノシートのジャケットイラストの担当は、なんと藤子不二雄とスタジオ・ゼロ!

●「もぐっちょ ちびっちょ こんにちは」について、井上ひさし氏は自著で「自賛するようだが、ここで開発し、実験したミュージカルの手法、というより技術は、すこぶる高度、現在でも、あのころわれわれの駆使した技術をだれも超えていない」としています。また音楽に宇野誠一郎氏も参加しており、以降、井上、熊倉、宇野さんの共同作品の始まりとなったようです。


 

●「テアトル・エコー」ホームページ
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Special thanks : 禁断のハイブリット マニアック  管理人TAKAさん、焼津の半次さん