自分がドラえもんの歴史を作るとは思わなかった


映画『ザ・ドラえもんズ』監督


米たにヨシトモ監督
YONETANI YOSHITOMO

プロフィール: '63 年 東京出身 アニメーション初参加作品は『 The かぼちゃワイン』の演助進行。『北斗の拳』『キン肉マン』『ゲゲゲの鬼太郎』などの東映作品への参加を経て、藤子アニメでは『忍者ハットリくん』『笑ウせぇるすまん』の演出・監督をご担当。A先生作品のみならず限定公開の『ドラえもん・のび太の未来ノート』、パイロット版『ミラ・クル・ワン』、そして今回特集を組んでいる『 2112 』〜『オカシナナ』まで一連のドラえもんズシリーズの監督をご担当。原案と監督を努めた『 BRIGADOON まりんとメラン』リリース完了の現在は TX 系放送中の『ファイナルファンタジー:アンリミテッド』、 OVA 『勇者王ガオガイガー FINAL 』に全力投球! (取材当時)

  • 米たに監督の初のF原作作品となる '94 年「のび太と未来ノート」は約 17 分。書いたことが全て将来現実になるひみつ道具「未来ノート」。自分たちの思いつくままの理想を書き込んだのび太たちが未来で出くわす大事件・大冒険。 NU 上映会でも二回公開し、大好評を博した。

■さまざまな藤子アニメをご担当

― 最初に携わられた藤子作品は?

ルックというシンエイ動画の下受け会社で『忍者ハットリくん』の演出が不足していた時に声をかけていただいたのが、最初です。終了間近の一〇本足らずだったでしょうか。同じくシンエイ動画の『つるピカハゲ丸くん』の演出を経て、『笑ウせぇるすまん』の監督として引き抜いていただきました。

A先生とはその時初めてお会いすることになりまして、第一印象は「オーラが出ているな」と(一同笑)。今までご自分で考えられていた事がストレートに表現されないことに対し、当時A先生はアニメに対して不信感をお持ちでした。放送する以上は表現上の制約もありまして。A先生とは古くからのお知り合いのクニトシロウさんにその事情を明確に意見交換する“通訳”として、総監督のポジションに就いていただきました。

原作も好きだったので、それを活かす様に作っていたつもりなのですが、アニメの立ち上がりの時期はお互いの思いにギャップがありました。

― もっとブラックにして欲しいと?

どちらかというともっとソフトな表現にして欲しいというのが、A先生のご意向でした。『黒イ』から『笑ウ』に変更した背景からきたことなのでしょう。そして私としては本編部分をなるべく長く描きたい、と考えていたのですが、A先生は(導入部とエンディングシーンはパターンを統一した)パッケージ化を望まれていました。最初の頃は、私はゲストキャラの紹介シーンを省略していたのですが、だんだんA先生のおっしゃっていることを理解し、OPで喪黒が来て、ゲスト名のテロップが出る。そしてラストは喪黒が去っていくシーンで締めくくるというパターンを作品の型として、逆にその演出を活かす方向にしてみようと自分でも考えるようになっていきました。作っていくうちにお互いの考えが判るようになって後半では信頼していただき、アニメ用におこしたプロットをマンガ作品として描いていただいたこともありました。


■ドラズ発進

― ドラズ・シリーズ最初の監督作品は「2112年ドラえもん誕生」( '95 年)と

 なりますが『ドラえもん』は読まれていたのですか?

昔、弟の学習雑誌を借りて『ドラえもん』は面白いね、なんて言っていたんですが、まさか自分で作ることになるとは(笑)。

F先生との打ち合わせに行く折りに自分でもアイデアを作りました。「静香ちゃんの目線から見たドラえもん誕生」というものです(一同爆笑)。実は私が参加していない頃から「2112」の企画は始まっていまして、最初からボツになるのはみんな判っていたらしいです(笑)。

F先生は過去に関係者が作り上げてきたドラえもん誕生のエピソードや設定にご納得されていなかったらしく、時代的に不都合な部分も修正したい、というご意向でした。例えば「ショックで青ざめた」というのがおかしいかな、ちゃんと理屈をつけておきたいな、と。


― ロボ子やバギーなど楽しい客演がありますね

本編と違う世界観ではありますが『ドラえもん』のテイストを再現したかったので、原作を全て読み返しました。


― ノラミャー子は新デザインですね。

私は原作の通りに描きたかったのですが、別紙壮一プロデューサーが新しいテイストにしたいんだ、と言うもので(笑)。もう少し抑えたデザインをおこしたのですが、OKが出ない(笑)。採用されたデザインは「ホントにこんなのでいいのか」なんて思っていましたがF先生からも「まぁいいでしょう」とOKが出ましたね。横で芝山努監督が「それは違うだろう」って笑ってましたが(一同爆笑)。ただ、とてもいいキャラになったとは思っています。


― 「2112」がドラズ初お披露目の映画となっていますが―

企画当初から小学館側からのプッシュがありました。そしてシリーズ化されるかも知れない、とも聞かされていました。制作にあたってはゲームのCG映像のビデオが二巻、参考にと届きました。いつまでたってもメンバーが全員集まらず、二巻目の最後の最後にやっと揃うというものでした(笑)。

最初にドラズを見せられた時は「なんじゃこりゃ〜」と思いましたけど(笑)出演させるならば、ちゃんと意味のある出し方をしたい、と思い「これ位が限度かな」という所までが映像になっています。原作に馴染んできた者としても、ドラえもんズは『ドラえもん(=原作)』ワールドに居てはいけないものとも考えていましたね。私としては極力原作を大切に考えていたのですが、最初は原作ファンから理解されにくかったのが辛かったですね。

― 貴重なお話をありがとうございました。

2001.10.13

新宿にて

取材:舘・てふてふ・加藤


米たに監督はみだし情報

■さらば漫画―

●漫画で表現できることの可能性を『火の鳥』や『デビルマン』に感じ、最初は漫画家志望でした。自分の漫画作品がアニメ化された時に変な風にいじられたら嫌だなぁと思って、アニメの勉強もしておこうと、アニメの世界に飛び込みました。実際に入ってみたら色、音、動きがあってアニメの方が表現力が豊かだなぁと思いました。今でも他の方のアニメを見ていますが、漫画からは少し離れてしまいました。本当はアニメの方が好きだったんだなぁと判りました。


■逆境を越えてこそ―

●最初に現場に入ったタイガープロ時代、進行担当でしたが『北斗の拳』では演出側からも意見を求められました。例えば百烈拳はどうすれば「あたたたた」に見えるのかなどディスカッションに加わり「アニメってこうやって作っていくんだな」って理解することができました。クリエイティブな仕事として影響を受けました。連続ものアニメは三千数百枚というセル画の制約、放送コード、スポンサーの誰の声を活かすべきか…など枷(かせ)があることを学びました。その時できる最良の方法を選び、そういった制約を乗り越えられてこそ誰も見たことの無い作品ができるはずだ、きつい中でこそやってやるぞ!と思っていました。

■ガオガイガーの現場から―

●『ガオガイガー』は一話平均 3,799 枚という勇者シリーズ史上最低のセル画枚数。予算上 CG 処理は一話につき 5 カットまで。コンテでは 10 カットも CG 指定したいところがあったりして、ヒーヒー言いながら続けていましたね(笑)。
 また、スポンサーから「おもちゃの部品で、同じ型から抜いているパーツは同じ成型色だから、同じ色設定にしなさい」って学びました(笑)。そんな甲斐あってかタカラの DX ガオガイガーは 10 万個を売るヒット商品になりました。
 この冬リリースされる DX ガオファイガー…などのトイも売れてくれると良いですね。ま、担当者のクビは飛んでも金型は残るわけですが…(笑)。